Aloha Spiritsの生き方
旅先はHAWAII
先日、ハワイに久しぶりに旅行してきました。
道を探しているだけで、あるハワイアンがニコニコと近寄って手助けし、
場所の案内はもちろん、こうした方が良い、ああした方が便利など、
日本だったらおせっかいと言う程、手助けしてくれるハワイアンに癒されました。
相変わらずの楽園は「 Aloha Spirit で、天国のような島国だなぁ。」と感じました。
実は、私は若い頃、仕事の都合でハワイに住んでいた経験があります。
当時は、ハワイに行った事なく初めてで、何もかもが驚きと感激の連続でした。
空港に到着すると、南国の美女がハワイアンミュージックに合わせて踊り、
魅惑的な笑顔で私の首に綺麗な花のレイをかけてくれて、
挨拶代りのキスとハグで歓迎されました。
こういう時、日本人は恥ずかしがり屋ですね。
空港からワイキキにあるホテルまで、車から眺めた景色。
果てしなく続く青い海と青い空、山の緑に輝く太陽の光の挿し方、日本の空気や曇った視界との違いに、
「これがハワイか! なんと気持ちの良い島なのだろう。」と期待に胸を膨らませたものでした。
太平洋の真ん中に住むハワイアン達は、人に触れ、心に感動し、文化に驚き、大地自然に感謝する。
今も変わらない楽園。Hawaii。
私は多くのことを学びました。
人生を楽しむということ
どこからともなく、Aloha の挨拶や音楽や笑い声、握手し、ハグし合い、ゆったりのんびりしていて、
実際に生活してみると人々が人生を楽しんでいる事が、共に過ごしていく中でひしひしと分かりました。
もちろん、ハワイアンと言えど人間なので、全てが楽しい事ばかりのはずはありません。
嫌な事や忙しい事もあるのは分かっていても、
生きている事に暗さを感じさせないハワイ独特の雰囲気があります。
時間と空間と自然と人と出来事の一つ一つを楽しんでいる様に見えてくるのです。
Aloha Spirits
”Aloha 精神”とは、様々な意味があるようです。
何も知らずに、ハワイの文化に触れた私が、最初に感銘を受け、教わった事かもしれません。
アロハとは、全てを受け入れる「心」や「精神」であり、
「思いやり」・「尊敬」・「愛」をもって人に接する事を意味するそうです。
Akahai 思いやり
Lokahi 協調性
Olu’olu 喜び
Ha’a Ha’a 謙虚・素直な心
Ahonui 忍耐
頭文字をとるとALOHAとなります。
当初はただの挨拶くらいにしか捉えていなかった私は、
その後、様々な場面でAloha Spirit に遭遇しました。
人にとってコミュニケーションの重要性
たまたま、私のハワイでの職場の雰囲気がそうだったのかは分かりませんが、
アメリカ人は日本人よりも、人とコミュニケーションの取り方が上手だといつも感心させられます。
それは、なにも会話だけに限らず、ノンバーバルコミュニケーションでも、挨拶ひとつとっても、普通に話していても、ハワイアンダンスを踊っていてもです。
表情、振る舞い、ジェスチャーなど、言葉よりも表情やボディランゲージを巧みに使い、
接触行動もあり、会話で印象付ける説得力があります。
聞き手も無表情で無反応という事はありません。何かしらの反応を示します。
勿論、日本人には、日本人の以心伝心という他の文化には真似の出来ない文化はありますが・・・。
例えば、会議などでは、日本では、発言をしない人がいる会議も多々ありますが、
アメリカでは、全員が、自分の意思をなんらかの方法で示そうとします。
コミュニケーションの話は、深いので、また別の機会にするとして。
ここで何故、私がコミュニケーションを取り上げたかというと、
人は喋れるということです。
言葉で会話をし、伝えることができるというのは大切なことではないかと考えるからです。
仕事場でも私生活でも、人はやはりコミュニケーションが大切だと感じます。
仕事に対する考え方
仕事場では、どんな仕事でも、その役割に誇りを持っているし、他人を馬鹿にしたりはしません。
どの人の仕事にも敬意を表しています。
もちろん、上下関係は存在しますが、日本人の様に媚びへつらう様な事もありません。
感心させられたのは、人の欠点を探すのではなく、良いところを褒める事が自然な流れにある事です。
仕事がすべてではない
また、仕事に対する考え方の違いは大きな差がある様に感じます。
日本人は勤勉で、戦後、我慢と努力と忍耐で、愛社精神を植え込まれ、年功序列、1社定年円満退職が常識的な道の様な世間体があります。
アメリカ人の仕事観にはそういった感覚はありません。
休憩時間は上司とフランクに話し、今日はバーベキューをするだの、ワイフの誕生日プレゼントだの、趣味の話だの本当に楽しそうです。
実際、有給取ってロングバケーションを過ごしたり、
勤務時間終了後は、よほどの仕事が残っていない限り、
きっちりと時間になったら遠慮なく帰宅します。
それよりも大切な時間を過ごすという認識があるからなのです。
家庭に対する考え方
時々、ローカルの人の家に招かれた時にも、
構えないというか、自然体というか、人を喜ばせる寛がせる事に慣れています。
仕事が終わってから皆でバーベキューを楽しんだり、
ビーチバレーで本気で遊んだり、歌を歌いながら、皿を洗ったりと。
私も、帰国してから、数日は皿洗いを手伝うのは素敵なことだなぁ。と思い、
実践していたのですが数日で三日坊主となり・・・。
また、別の場面では、奥さんをいたわり、スキンシップを取り、愛情表現を常にしている。
家族や子供へも惜しみない愛情を注いでいるのが見て取れます。
”かけがえのない家族との団欒をいかに楽しむか”、仕事はその為の一手段というスタンスです。
日本の場合は、果たしてどうでしょうか?
仕事で遅くまで残業帰り、満員電車の中で身心共に疲弊し、やっと帰宅し、
家では平気で奥さんの前で「疲れた。疲れた。」と連呼しては、そこそこの会話をして、
別々の部屋で寝るだけの毎日を送っている家庭はないだろうか?
仕事一筋は良いのですが、日本人は人生を楽しめているのかとふと疑問を感じてしまう様になっていました。
日本人の中には、仕事がすべてになっている人までいる様です。
幸せの価値観
日本人の仕事への価値観はハワイアンの「仕事は人生の幸せの為の一手段に過ぎない」という根本的な意識と隔離しています。
ハワイアンの生活を見ていると「これが、本当の幸せというものなのでは?」と概念を覆させられます。
人として本当に愛のある人生を歩むとは、
愛する人と一緒にいて、自然に感謝し、
時を楽しむ事ができるということなのではないでしょうか?
まさにハワイアンのAloha Spiritsを見ていてそう感じます。
私自身も「日本に帰ってもこの幸せの価値観を忘れない。」と固く決意して帰国したのですが、
いつしか、日本の企業で生活を始めていくうちに
、その価値観の感覚が薄れ、仕事が生活の大半を占める様になっていきました。
どちらが良いとか悪いとか正しいとか間違いだとかを議論するつもりはありません。
ただ、人間生きるための根本や基本を持っていることが大切だと感じた次第です。
「仕事とは何か?幸せとは何か?」
文化の違いや、考え方の違いから
「一体、幸せとは何なのだろうか?」と
若い頃、そんな事を考えさせられた事をハワイ旅行を通じて久しぶりに思い返しました。
環境に人は左右される
環境によって、人の概念は影響を受けます。
人は弱いもので、絶対的存在ではありません。
それ故に、これが正しいと信念を持つことが難しいのでしょう。
ルールや規則や法律も常識もすべては、その時、そこにいた人の勝手な考えから創造されたものです。
特に農耕民族であった日本人は集団生活から外れる事が出来ず、常に人に合わせて生活してきた人種でもあります。
ただ、国際化GLOBAL化が急速に身近になった今、日本人としての文化や生活も価値観も世界観が広がっていくのではないでしょうか?
ここで私が偉そうにこうした方が良いということはできませんが、
人生で生きていく中で、
仕事や家庭や価値観は切り離せないモノだという事です。
私も若い頃、感じた時のように、
幸せとは何か?仕事は何か?家庭は何か?
人それぞれだと思います。
後になって、年齢を重ねて若かった青年の頃から働き盛りの40代、中高年と言われる50代になって、
初めて自分の立ち位置や突っ走ってきた仕事を振り返るよりも、
少し立ち止まって、自分なりの幸せの価値観を考えてみた方が良いかもしれません。
自由な生き方(自分スタイル)
このブログは、真の生き方や人生について、
深く考え、追求し、読んでくれる多くの人に、
幸せに生きる参考として貰える事を日々願って、
『 真の生き方 〜 True Life Style トゥルーライフスタイル 〜 』
を贈っています。
〜 今日の贈る言葉 〜
『人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)』
人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)は
幸せや災いというのは予想ができないものだ、
という意味です。
「人間の幸せとは何が、幸で不幸か分からないものなのだから、
どっしりと構えて生きてみるのも良いかもしれません。」
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